2014年1月5日日曜日
あけましておめでとう御座います。【今年やりたい事】
みなさん明けましておめでとう御座います。
正月休みも残りわずかとなっていますが如何お過ごしでしょうか?
サービス業のみなさんは忙しいと思いますががんばってください。
さて2014年がスタートしましたが、毎年の恒例の「今年やりたい事!」をつらつらと書き留めて置きたいと思います。
まず、自己研鑚としては…、
①英語の勉強:
去年の目標にも掲げていましたが、去年は単語を覚えるので精一杯だったので今年は文法も含めて引き続き目標に据えたいと思います。目指せ海外ソロ旅行!!
②運動全般:
去年は前回のブログにも書いたように散々でした…。今年は20キロくらいは走れるまで回復できればと思っています。ただ、これは努力ではどうにもならないので目標に掲げるのは違うような気もしますが、病は気からの精神で「治す!!」って意気込みでやっていこうと思います。
あとは旅関係で行きたい場所は…、
①京都:桜の咲く頃に行きたいな~。
②屋久島:2回目、今度は縄文杉を見たい!そしてできれば山中で一泊したい!
③瀬戸内:今度は四国側から見てみたい!
まあ、大きな計画としてはこんな所ですが、小さい計画も含めると行きたい所がいっぱいあり過ぎて困っています。
予算次第だね…。
何をするにも体が資本、多少の無茶はやりつつも健康第一で行ければ良いなって思っています。
では、今年もどうぞよろしくお願いします!!
追伸)
写真は今年の年賀状で、昨年の5月に行った青森県尻屋崎の寒立馬の仔馬です。
狙った訳ではありませんが、ちょうど午年って事で採用してみました。
ここも良い所でした。また行きてぇ!!
2013年12月28日土曜日
2013年総括!!
2013年ももうすぐ終わりですね。
みなさま今年もお世話になりました。
さて、毎年恒例の一年の総括をしたいと思います。
とりあえず今年一年を一言で表すなら、
「停滞」
になります。
かなりネガティブな言葉になりますが、これが全てですね。
全ての原因はちょうど一年前に発症した足を中心とした下半身全体の不調。
発症する前はフルマラソン初完走!!、屋久島登頂!!という感じにとにかく身体を動かす事に生きがいや達成感を見出していましたが、それが全てできなくなってしまった事は想像以上につらいものがありました。
しかも、3~7月くらいまでは動いていない状態でも下半身に痺れや痛みを感じていて、インドアの趣味や仕事も含めて何もする気のない状態が半年近く続いていました。
また、この病気に関しては人によっては治らない場合もあるという事を知って、半年近くは精神的にも不安定になっていました。
ただ、幸いの事に10月を過ぎた辺りから回復の兆しが見えてきて、今現在では5キロぐらいまでは走れるくらいになり、気持ち的にも落ち着いてきています。
でも、去年の十分の一のパフォーマンスも発揮できていないと考えるとやっぱり凹みますね…。
ブログの上では今年もあっちこっちに行って楽しくやってるな!って印象を受けていたと思いますが、実はこんな状態でした。
旅行の頻度が少し高かったのは、このまま家に引き籠っていると本当にダメになってしまうような感じがしてしまい、できるだけ外に出ようとした結果でもあります。
まだ完治には時間が掛ると思いますが来年は絶対に直して、また色々な事に挑戦していきたいですね。
以上!
良いお年を!!
<オマケ>
今年もグーグル先生が一年の出来事をナイスな映像にまとめてくれたのでリンクを貼って置きます。
http://www.youtube.com/user/googlejapan?v=NUi7UzlAAAY
こういうのを見ると、自分はどんなに小さくても世界を回す歯車になれているのか?って事を考えてしまいます。
みなさま今年もお世話になりました。
さて、毎年恒例の一年の総括をしたいと思います。
とりあえず今年一年を一言で表すなら、
「停滞」
になります。
かなりネガティブな言葉になりますが、これが全てですね。
全ての原因はちょうど一年前に発症した足を中心とした下半身全体の不調。
発症する前はフルマラソン初完走!!、屋久島登頂!!という感じにとにかく身体を動かす事に生きがいや達成感を見出していましたが、それが全てできなくなってしまった事は想像以上につらいものがありました。
しかも、3~7月くらいまでは動いていない状態でも下半身に痺れや痛みを感じていて、インドアの趣味や仕事も含めて何もする気のない状態が半年近く続いていました。
また、この病気に関しては人によっては治らない場合もあるという事を知って、半年近くは精神的にも不安定になっていました。
ただ、幸いの事に10月を過ぎた辺りから回復の兆しが見えてきて、今現在では5キロぐらいまでは走れるくらいになり、気持ち的にも落ち着いてきています。
でも、去年の十分の一のパフォーマンスも発揮できていないと考えるとやっぱり凹みますね…。
ブログの上では今年もあっちこっちに行って楽しくやってるな!って印象を受けていたと思いますが、実はこんな状態でした。
旅行の頻度が少し高かったのは、このまま家に引き籠っていると本当にダメになってしまうような感じがしてしまい、できるだけ外に出ようとした結果でもあります。
まだ完治には時間が掛ると思いますが来年は絶対に直して、また色々な事に挑戦していきたいですね。
以上!
良いお年を!!
<オマケ>
今年もグーグル先生が一年の出来事をナイスな映像にまとめてくれたのでリンクを貼って置きます。
こういうのを見ると、自分はどんなに小さくても世界を回す歯車になれているのか?って事を考えてしまいます。
2013年12月15日日曜日
復興支援の旅 ファイナル!【茨城県 北茨城】
今年もあと少し!ラストスパートです。
2011年3月11日、そうあの東日本大震災が起こった日です。
自分は茨城県の南部に住んでいたおかげで1週間程度ライフラインが機能しなくなった程度で済みましたが、茨城県の北部ぐらいから北の大平洋側は津波のせいで甚大な被害を受けました。
なまじ震災の被害を受けたせいか、本当に大変な人たちがどれだけ苦労しているか想像できてしまい、そんな人たちの為に自分は何かできないかと考えました。
高額の募金やボランティアが出来れば一番良いと思いますが、現実的に社会人としての自分の生活を維持しながらできることは限られてしまいます。
そこで、実際に現地を訪れてそこで飲食や宿泊、買い物をする事でお金を落とし、生活のサイクルの一部となる。
この考えを基礎として「復興支援の旅」と題し、この企画をスタートさせる事にしました。
もちろん、旅好きの自分の自己満足を満たす大義名分も含まれているのは理解していますが、何もしないよりはマシだと思っています。
震災から約1カ月後4月23日の福島県のいわき市を皮きりに、青森県の八戸から岩手県、宮城県、福島県の大平洋側を中心に年に1~2回のペースで行ってきました。
そして足掛け2年9カ月立った2013年12月14日、最後の被災地「茨城県 北茨城市」を訪れてみました。
結局、地元の県が一番最後になってしまいました。
「いつでも行ける」っていう考えが一番の理由かと思います。
日帰り半日程度の旅でしたが、紹介したいと思います。
北茨城市の大津漁港にやってきました。
ここでは約4.6mの津波がやってきました。地震による港の崩落と合わさってかなりの被害になったようです。
今では写真のように片付けられた更地が多く復興工事真っ最中のようです。
大津漁港の直売センターです。
建屋内では営業中の店も半分くらいで、お客も少なめ…、ちょっと寂しい感じです。
売っているものも地元産は少なめに見えました。
港がほとんど機能していない事も理由だと思いますが、場所柄、原発の影響が強いような気がします。
酒のつまみに「カレイの丸干し」を買いました。
「五浦岬公園」です。抜けるような青い空とはっきり見える水平線!絶好のドライブ日和でした。
北茨城の一番の有名所、「六角堂」にやってきました。
ここ六角堂は近代日本の美学研究の開拓者である岡村天心が思索の場所として自ら設計したものです。
この六角堂も震災の津波の被害で消失してまいましたが、2012年4月に再建されました。
六角堂の少し手前にある岡村天心の居宅です。こんな景色の良い場所に家を持てるのはうらやましい限りですね。
昼食は海沿いにきたら海鮮料理は外せない!って事で、北茨城でも人気の「船頭料理 天心丸」に行ってみました。
http://tabelog.com/ibaraki/A0805/A080501/8001287/
海鮮丼!!
刺身のプリプリ感の残った鮮度もさることながら、一切れ一切れが手のひら程もあり、それがこれでもか!ってばかり盛られています。
非常に食べ応えがあり、うまうまでした。
やっぱりこの時期の魚介は脂が乗っていて一段とうまいですね。
この後はちょっと山沿いに入り温泉を楽しんで帰宅しました。
さて、この北茨城市を訪れてみて感じた事は、お金さえかければ見た目は元通りになるかも知れないですが、人々の生活サイクルが元通りになるのは一筋縄には行かないって事を感じました。
特に生活基盤であった漁業が原発のせいで現在も失われているのは大きいようです。
こればかりは「がんばれ!」って言ってもどうしようもない…。
そんなやるせない気持ちが残ってしまいました。
----------------------------------------------------
これで「復興支援の旅」は一段落という事になります。
結果としては直接津波の被害を受けた市町村の全て(原発の影響で立入禁止になっている場所を除いて)を回ることができました。
時には「立入禁止」の看板がある福島第一原発ぎりぎりまで行った事もありました。
岩手県の大船渡、陸前高田、宮城県の気仙沼、石巻の想像を超えた惨状に言葉を失った事もありました。
人の気配が消えた福島県の原発近隣の市町村に寒気を感じた事もありました。
消して良い思い出とは言えませんが、この光景を自分の目で見れたの貴重な経験でした。
最後に、旅の先々で自分たちの生活が大変なのにも関わらず笑顔で迎えてくれた全ての人に感謝します。
ありがとう御座いました!!
でも、本当の復興はこれからだと思います。
自分はこれからも優先的に被災地に足を運んで行きたいと思います!
おわり。
2011年3月11日、そうあの東日本大震災が起こった日です。
自分は茨城県の南部に住んでいたおかげで1週間程度ライフラインが機能しなくなった程度で済みましたが、茨城県の北部ぐらいから北の大平洋側は津波のせいで甚大な被害を受けました。
なまじ震災の被害を受けたせいか、本当に大変な人たちがどれだけ苦労しているか想像できてしまい、そんな人たちの為に自分は何かできないかと考えました。
高額の募金やボランティアが出来れば一番良いと思いますが、現実的に社会人としての自分の生活を維持しながらできることは限られてしまいます。
そこで、実際に現地を訪れてそこで飲食や宿泊、買い物をする事でお金を落とし、生活のサイクルの一部となる。
この考えを基礎として「復興支援の旅」と題し、この企画をスタートさせる事にしました。
もちろん、旅好きの自分の自己満足を満たす大義名分も含まれているのは理解していますが、何もしないよりはマシだと思っています。
震災から約1カ月後4月23日の福島県のいわき市を皮きりに、青森県の八戸から岩手県、宮城県、福島県の大平洋側を中心に年に1~2回のペースで行ってきました。
そして足掛け2年9カ月立った2013年12月14日、最後の被災地「茨城県 北茨城市」を訪れてみました。
結局、地元の県が一番最後になってしまいました。
「いつでも行ける」っていう考えが一番の理由かと思います。
日帰り半日程度の旅でしたが、紹介したいと思います。
北茨城市の大津漁港にやってきました。
ここでは約4.6mの津波がやってきました。地震による港の崩落と合わさってかなりの被害になったようです。
今では写真のように片付けられた更地が多く復興工事真っ最中のようです。
大津漁港の直売センターです。
建屋内では営業中の店も半分くらいで、お客も少なめ…、ちょっと寂しい感じです。
売っているものも地元産は少なめに見えました。
港がほとんど機能していない事も理由だと思いますが、場所柄、原発の影響が強いような気がします。
酒のつまみに「カレイの丸干し」を買いました。
「五浦岬公園」です。抜けるような青い空とはっきり見える水平線!絶好のドライブ日和でした。
北茨城の一番の有名所、「六角堂」にやってきました。
ここ六角堂は近代日本の美学研究の開拓者である岡村天心が思索の場所として自ら設計したものです。
この六角堂も震災の津波の被害で消失してまいましたが、2012年4月に再建されました。
六角堂の少し手前にある岡村天心の居宅です。こんな景色の良い場所に家を持てるのはうらやましい限りですね。
昼食は海沿いにきたら海鮮料理は外せない!って事で、北茨城でも人気の「船頭料理 天心丸」に行ってみました。
http://tabelog.com/ibaraki/A0805/A080501/8001287/
海鮮丼!!
刺身のプリプリ感の残った鮮度もさることながら、一切れ一切れが手のひら程もあり、それがこれでもか!ってばかり盛られています。
非常に食べ応えがあり、うまうまでした。
やっぱりこの時期の魚介は脂が乗っていて一段とうまいですね。
この後はちょっと山沿いに入り温泉を楽しんで帰宅しました。
さて、この北茨城市を訪れてみて感じた事は、お金さえかければ見た目は元通りになるかも知れないですが、人々の生活サイクルが元通りになるのは一筋縄には行かないって事を感じました。
特に生活基盤であった漁業が原発のせいで現在も失われているのは大きいようです。
こればかりは「がんばれ!」って言ってもどうしようもない…。
そんなやるせない気持ちが残ってしまいました。
----------------------------------------------------
これで「復興支援の旅」は一段落という事になります。
結果としては直接津波の被害を受けた市町村の全て(原発の影響で立入禁止になっている場所を除いて)を回ることができました。
時には「立入禁止」の看板がある福島第一原発ぎりぎりまで行った事もありました。
岩手県の大船渡、陸前高田、宮城県の気仙沼、石巻の想像を超えた惨状に言葉を失った事もありました。
人の気配が消えた福島県の原発近隣の市町村に寒気を感じた事もありました。
消して良い思い出とは言えませんが、この光景を自分の目で見れたの貴重な経験でした。
最後に、旅の先々で自分たちの生活が大変なのにも関わらず笑顔で迎えてくれた全ての人に感謝します。
ありがとう御座いました!!
でも、本当の復興はこれからだと思います。
自分はこれからも優先的に被災地に足を運んで行きたいと思います!
おわり。
場所:
日本, 茨城県北茨城市
2013年12月7日土曜日
人と人の繋がり
そろそろ年賀状書かないとなぁ~って思ってる人が多い師走の週末、みなさま如何お過ごしでしょうか?
自分もまさに今その状態です。
そういえば年賀状ってそもそもどういった経緯や歴史があるのかな?
ちょっと調べてみました。
日本郵便の資料によると飛鳥時代の大化の改新(西暦646年)の頃に宮廷内での年賀の儀式の際に書簡を回覧したのが起源だそうです。
ただ、書簡による挨拶は特別なもので地位の高い人たちのみのやり取りがしばらく続いていて、一般庶民への普及は郵便はがきが登場した1871年(明治4年)が始まりだそうです。
…
…
なんか、そう考えると年賀状のシステムもバレンタインデーみたいに○○を食べよう!(送ろう!)の記念日のように、ある特定の企業の手のひらで踊らされている感じもしますね。
でも、人と人の繋がりっていうものは大切だと思うし、社会に入って自分くらいの年齢になってくると新しい出会いっていうのも少なくなるし、一回疎遠になるとそのままっていうのも多いと思います。
だから、旧来の繋がりを守っていくには少しばかりの努力も必要なのでしょうね。
…
さて、年賀状書きますか!
自分もまさに今その状態です。
そういえば年賀状ってそもそもどういった経緯や歴史があるのかな?
ちょっと調べてみました。
日本郵便の資料によると飛鳥時代の大化の改新(西暦646年)の頃に宮廷内での年賀の儀式の際に書簡を回覧したのが起源だそうです。
ただ、書簡による挨拶は特別なもので地位の高い人たちのみのやり取りがしばらく続いていて、一般庶民への普及は郵便はがきが登場した1871年(明治4年)が始まりだそうです。
…
…
なんか、そう考えると年賀状のシステムもバレンタインデーみたいに○○を食べよう!(送ろう!)の記念日のように、ある特定の企業の手のひらで踊らされている感じもしますね。
でも、人と人の繋がりっていうものは大切だと思うし、社会に入って自分くらいの年齢になってくると新しい出会いっていうのも少なくなるし、一回疎遠になるとそのままっていうのも多いと思います。
だから、旧来の繋がりを守っていくには少しばかりの努力も必要なのでしょうね。
…
さて、年賀状書きますか!
2013年12月1日日曜日
紅葉登山 その2 【群馬県 上野村 天空回路と不二洞】
さて、続きです。
本来は登山の後には温泉!ってなるのですが今回は半日登山だったので、午後は丸々時間が空いていたので周辺の観光スポットを巡ってみる事にしました。
ここ上野村には関東で最も規模の大きな鍾乳洞の不二洞があるので、とりあえずそこに行ってみましょう!
不二洞には渓谷を挟んで西と東に駐車場がありますが、東側に止めるとこの渓谷に掛った橋「天空回路(スカイブリッジ)」を渡ります。
中々の規模ですね。天気も良くて観光客もけっこう多かった気がします。
ここから見る紅葉もお見事でした。
橋を渡るとすぐに不二洞の受付があります。
鍾乳洞と言えば福島県の阿武隈洞、岩手県の龍泉洞と見てきましたが、この不二洞はどんな姿なのでしょうか。
ぶっちゃけ、特に鍾乳洞としての目新しさや特徴はあまり無かったような気がしますが、上下移動が高くで多く、また全長も長いので他の鍾乳洞より冒険している感覚は強いのが好印象でした。
でも、登山の後だったのでちょっと疲れました…。
不二洞からの帰り道に再び天空回路を渡ることになるのですが、そこで素敵な風景に出会える事ができました。
雄大な山々を背景に大空にシャボン玉が舞っていました。
この天空回路には数箇所に一定時間毎にしゃぼん玉が出る装置が組み込まれているみたいですね。
自然としてはありえない人口的なものですが、突然のサプライズとシャボン玉を通して見る青空がなんとも綺麗でちょっと感動してしまいましいた。
周りの子供も大喜びで、こっちも自然を笑顔になれます。
そんなこんなで秋の日帰りドライブ&登山は終了~。
ちょっと紅葉としては弱めでしたが、良い旅でした。
おわり。
本来は登山の後には温泉!ってなるのですが今回は半日登山だったので、午後は丸々時間が空いていたので周辺の観光スポットを巡ってみる事にしました。
ここ上野村には関東で最も規模の大きな鍾乳洞の不二洞があるので、とりあえずそこに行ってみましょう!
不二洞には渓谷を挟んで西と東に駐車場がありますが、東側に止めるとこの渓谷に掛った橋「天空回路(スカイブリッジ)」を渡ります。
中々の規模ですね。天気も良くて観光客もけっこう多かった気がします。
ここから見る紅葉もお見事でした。
橋を渡るとすぐに不二洞の受付があります。
鍾乳洞と言えば福島県の阿武隈洞、岩手県の龍泉洞と見てきましたが、この不二洞はどんな姿なのでしょうか。
ぶっちゃけ、特に鍾乳洞としての目新しさや特徴はあまり無かったような気がしますが、上下移動が高くで多く、また全長も長いので他の鍾乳洞より冒険している感覚は強いのが好印象でした。
でも、登山の後だったのでちょっと疲れました…。
不二洞からの帰り道に再び天空回路を渡ることになるのですが、そこで素敵な風景に出会える事ができました。
雄大な山々を背景に大空にシャボン玉が舞っていました。
この天空回路には数箇所に一定時間毎にしゃぼん玉が出る装置が組み込まれているみたいですね。
自然としてはありえない人口的なものですが、突然のサプライズとシャボン玉を通して見る青空がなんとも綺麗でちょっと感動してしまいましいた。
周りの子供も大喜びで、こっちも自然を笑顔になれます。
そんなこんなで秋の日帰りドライブ&登山は終了~。
ちょっと紅葉としては弱めでしたが、良い旅でした。
おわり。
場所:
日本, 群馬県多野郡上野村勝山
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